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京都地方裁判所 昭和40年(わ)332号 判決 1979年12月07日

本籍

大韓民国慶尚南道密陽郡府北面提大里

住居

京都市上京区下立売通室町西入る東立売町二〇九番地の一

職業

会社役員 高山正一こと

崔永五

大正一一年三月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官山下一盛出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役八月および判示第一の罪について罰金二五〇万円に、判示第二の罪について罰金一五〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、京都市上京区下立売通室町西入る東立売町二〇九番地の一に本部事務所を置き、同市内等において、パチンコ店五店(ニューキョート車庫前店、同七条店、同河原町店、同千本店、丸八センター)、麻雀店およびキャバレー各一店を経営し、右業務一切を統轄掌理していたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右営業による売上金等を架空名義で預金するなどしてその所得を秘匿したうえ、右店舗の一部については実弟崔永東名義で所得申告をすることとし

第一  昭和三六年度における被告人の実際の所得金額は二、九二五万九、一五一円で、これに対する所得税額は一、五一七万九、二六〇円であったにもかかわらず、昭和三七年三月一五日、京都市上京区一条通西病院東入る元真如堂町所在の上京税務署において、同税務署長に対し、自己が前記パチンコ店ニューキョート七条店、同千本店(以下七条、千本両店という)を除く前記パチンコ店三店、麻雀店およびキャバレー各一店の経営者であり、その右年度における所得金額は二三一万円で、これに対する所得税額は四九万五、〇〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、さらに同日、同市下京区間之町通五条下る所在の下京税務署において、同税務署長に対し、前記崔永東が七条、千本両店の経営者であり、その右年度における所得金額は一九八万六、〇〇〇円で、これに対する所得税額は三八万一、六〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により、右正当所得税額と右各申告所得税額合算額との差額一、四三〇万二、六六〇円を免れ(別紙昭和三六年度修正貸借対照表同税額計算書のとおり)

第二  昭和三七年度における被告人の実際の所得金額は二、一五二万九、八〇二円で、これに対する所得税額は、一、〇五〇万五、七八〇円であったにもかかわらず、昭和三八年三月一五日、前記上京税務署において、同税務署長に対し、自己が七条、千本両店を除く前記パチンコ店三店、麻雀店およびキャバレー各一店の経営者であり、その右年度における所得金額は五四九万五、〇〇〇円で、これに対する所得税額は一七五万五〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、さらに同日、前記下京税務署において、同税務署長に対し、前記崔永東が七条、千本両店の経営者であり、その右年度における所得金額は二二六万五、〇〇〇円で、これに対する所得税額は四四万二、〇〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により、右正当所得税額と右各申告所得税額合算額との差額八三一万三、二八〇円を免れ(別紙昭和三七年度修正貸借対照表、同税額計算書のとおり)

たものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書九通

一、被告人の検察官に対する供述調書五通

一、第三回、第四回、第五回、第一一回、第一二回、第一五回、第一六回、第三二回、第三四回、第三五回および第六〇回公判調書中の証人黒沢義治の各供述部分

一、第三六回、第三七回および第四一回公判調書中の証人金在洪の各供述部分

一、第五五回公判調書中の証人崔永東の供述部分

一、金相根、井徳炳および金在洪(六通、抄本)の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一、清水忠二、姜相変、平井伊太郎、崔永東および金在洪(二通)の検察官に対する各供述調書

一、福徳相互銀行西陣支店(二通)、柴田銀松、京都日産自動車株式会社および朝銀大阪信用組合作成の各回答書

一、西谷二郎、藤原和雄、洒向明、森武雄、尚球社武田勇吉、株式会社八洲土地、京都信用金庫北大路支店および金在洪(二通)作成の各確認書

一、小沢秋二および長江久子の各証明書

一、片桐水道工事店作成の台帳写

一、杉本治郎作成の申立書

一、大蔵事務官作成の証明書(四通)、現金預金有価証券等現在高検査てん末書(三通)、調査報告書(一四通)、商品清算取引調査書類(四通)、および各銀行別支払利息明細表

一、押収してある次の証拠物(以下の数字は昭和五二年押第三四六号の枝番号を示す。)

銀行勘定帳二〇册(1、2、12、31、33、34)、手形受払帳八册(3、8、9、32、35)、金銭出納帳三册(4、5、30)、元帳二一册(10、11、23、24)、元帳綴一綴(14)、名古屋関係書類一綴(15)、頼母子講関係メモ一綴(16)、契約書関係綴三綴(17)、高槻物件関係一綴(18)、立替金明細書一綴(19)、九八センター森関係一切書類一綴(20)、一般契約書一綴(21)、頼母子講ノート四册(22)、補助元帳一册(25)、所得税源泉徴収簿一册(26)、源泉徴収簿一綴(27)、貸借内訳帳一綴(28)、総勘定元帳一册(29)

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、本件は、税務当局の事前の了承を得てそれまで朝鮮人納税組合を通じ所謂概算申告をしていた被告人に対し一斉査察を実施し、ほ脱額が脱税刑事犯の水準に達していないにもかかわらず公訴を提起したという事案であるから、本件起訴は公訴権の濫用である、と主張する。

しかしながら、当時被告人において概算申告の便法が認められていたとしても、判示の如く本件は、二年度にわたりほ脱額合計が二、二六一万円余の多額に及び、しかも本来申告すべき正規の所得税額に対するほ脱額の割合(ほ税率)があまりに大きく、また、その手段も売上金等を架空名義の預金口座に入金するなどの方法によっており、その他本件にあらわれた諸事情を考慮すると、本件が不起訴にすべき明らかな事案とは到底認められないから、弁護人の右主張は採用しない。

(二)  次に弁護人は、被告人が売上金等を架空名義の預金口座に入金していた事実はあるけれども、これは自己の所得を秘匿するためになしたものではなく、もっぱら銀行員の勧めに基づき格別の意図のないまま変名で口座を設定しこれに預金していたというに過ぎず、また所得税の確定申告に際して、自己名義によるほか一部の店舗につき実弟名義で所得申告をなしたのも、脱税意図に基づくものではなく、将来その店舗を同人に譲って営業を任せるのに備えるためであったのであり、右自己名義および実弟名義の確定申告もことさら内容虚偽の過少申告をしたわけではないから、右被告人の各行為をして脱税意図をもって税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるような詐偽その他不正の行為にはあたらない、と主張する。

しかしながら、前掲大蔵事務官作成の調査報告書等によると、被告人の架空名義の預金口座は複数の銀行に設定され、その数も相当数に上っており、被告人においてこのような規模を有する架空名義の預金口座を利用するについては、常識的に見て他の目的ないし必要性が存するにしても、併せて自己の資産ないし所得の実態把握を免れる目的も有していたことは容易に推知しうるうえ、被告人の検察官に対する昭和四〇年二月二六日付供述調書によっても、被告人がこれによって自己の資産ないし所得の実態把握が困難となり脱税の結果を招来することは十分承知していたことが窺われる。

また、被告人の検察官に対する昭和四〇年四月二四日付供述調書、金在洪の検察官に対する同年三月一日付供述調書等によると、被告人がニューキョート七条および千本両店につき実弟名義で所得申告をなすに至ったのは、将来右両店舗を同人に譲って営業を任せるのに備えるためであったことが窺われるにせよ、同時に、昭和三四年ころ税務当局から特別調査を受けた際、他人名義で分散して所得申告をすれば課税総所得に対する累進税率の適用上有利であることを聞き及んだことから、以後事実に反し実弟名義で一部所得申告をなすことによって正当なる課税を免れようとするにあったことが明らかである。そして、右被告人の検察官に対する昭和四〇年二月二六日付供述調書によると、被告人が自己名義および実弟名義でなした確定申告の内容が虚偽過少のものであることを十分認識していたこともまた明らかである。以上によれば、被告人は、所得税を免れる意思で架空名義の預金口座を設定してこれに売上金等を入金し、さらに自己名義と実弟名義に分散して、ことさら内容虚偽の過少申告をなしたものと認めることができ、また右一連の行為がいずれも税の賦課徴収を著しく困難ならしめるに足る行為であることは言うまでもないから、被告人のかかる各行為が作偽その他不正の行為にあたらないとする弁護人の主張は理由がない。

(三)  また弁護人は、本件所得金額の立証はあくまで損益計算法によるべきであって、財産増減法のような不正確な方法によったのは不当である旨主張するところ、確かに直接国税ほ脱犯における所得金額の立証方法としては財産増減法より損益計算法に基づく方が妥当な方法であるとはいうものの、それは帳簿や伝票類等の関係書類が完備し、直接に損益計算をなしうる場合のことであり、前掲各証拠によって認められるように本件の如き個人企業であって正確に記帳された関係書類が整備されていないため損益計算法により難い場合には、財産増減法によってその所得金額を立証することも一般に許容されているところである。そして全証拠によっても、財産増減法による本件所得金額の立証過程に格別正確を欠く点や不都合な点は認められない。従って、弁護人の右主張も採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は昭和三七年法律四四号附則一五条により同法による改正前の所得税法六九条一項に、判示第二の所為は昭和四〇年法律三三号附則三五条により同法による改正前の所得税法六九条一項に各該当するので、所定刑中いずれも懲役刑と罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については判示第一の罪について前記昭和三七年法律四四号附則二条により同法による改正前の所得税法七三条が適用される結果、各罪につき各別に科することとし、その刑期および金額の範囲内で被告人を懲役八月および判示第一の罪につき罰金二五〇万円に、判示第二の罪につき罰金一五〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 楠井勝也 裁判官 水谷博之)

(別紙)

修正貸借対照表

崔永五

昭和36年12月31日

<省略>

<省略>

<省略>

(別紙)

税額計算書

(昭和36年度)

<省略>

(別紙)

修正貸借対照表

崔永五

昭和37年12月31日

<省略>

<省略>

<省略>

(別紙)

税額計算書

(昭和37年度)

<省略>

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